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1―序にかえて―なぜ内視鏡が必要なの?
世界的にみて日本ほど内視鏡が盛んな国はありません。ちょっとお腹の調子が悪いとすぐ内視鏡をすすめる医師が世間にはあふれています。これは日本では胃がんと大腸がんが非常に多いため日本の医師が内視鏡に非常に熱心であることからきています。
しかし、医者から内視鏡を勧められた方が最初に感じる疑問がなぜ内視鏡が必要なの?という点だと思います。実際のケースに照らし合わせて考えて見ましょう。
佐藤さん(50歳)の場合
佐藤さんはもともと胃が弱い方でした。会社ではいわゆる中間管理職、自宅ではお子さんが受験を控えています。いつも職場でも家庭でもストレスから完全に逃れることはできません。残業の翌日、佐藤さんは胃のあたりに強い痛みを感じました。市販の胃薬を飲んでもよくなる気配はありません。佐藤さんは近所の胃腸科を受診しました。近所の先生は胃薬を処方し、同時に胃カメラをすすめてくれました。胃薬を飲んだところ症状はすぐによくなりました。佐藤さんにしてみればおそらくストレスによる胃炎だったように思えますし、このまま薬でよくなったのならこのままで終わりにして内視鏡は受けたくないのが本音です。佐藤さんは毎年会社の検診で胃のバリウム検査を受けていますが今まで異常を指摘されたことはありません。佐藤さんは喉が敏感な方で歯磨きの時にもよく嗚咽をしますので内視鏡を飲めるか不安です。また佐藤さんの親戚には胃がんの方はいらっしゃいません。
このようなことから佐藤さんはできるなら内視鏡はやめて血液検査かバリウム検査で済ましたいと思います。
さて、佐藤さんは内視鏡を受けるべきでしょうか?
佐藤さんが内視鏡が望ましい医学的根拠
- 薬でよくなったからよしとしてよいか?…最近の胃潰瘍の薬は非常に強力に胃酸を抑制します。そのためたとえ胃がんでも薬を飲むと症状が改善します。胃潰瘍の薬で症状がよくなったか胃がんでないとは全然いえません。
- 会社の検診で異常がなかったから検査は不要では?…残念ながら現在、集団検診でおこなわれているバリウム検査(間接バリウム検査)はあまり精度の高い検査ではありません。(がんが見つかることもあるが、見落としも多い)。バリウム検査でがんが見つかり救命されている方もいますので、国民全体というレベルではバリウム検査は有益といえますが、個人のレベルでは、「バリウム検査で異常無しだから大丈夫」とはいえません。
- 病院でバリウム検査を再検してはだめなのか?…バリウムにはどうしても死角があるため、バリウムで「異常無し」となっても本当に異常無しなのか不安が残ります。またバリウムで病気が見つかった場合、それで終了することはありません。その病気が良性のものであることを確認するため(細胞検査をするため)改めて内視鏡が必要になります。つまりバリウム検査が最終検査になることはあまりありません。参考程度の気持ちでおこなうには被爆量が多すぎます。最近の医師がバリウム検査を勧めないのはこのような事情からです。
- 血液検査ですませないか?…血液によってがんを調べる検査を腫瘍マーカーといいます。しかし残念ながら腫瘍マーカーは進行がんにならないと異常にならないことが多く早期がんの発見には通常、役にたちません。
- 先祖にがんがいないのに精密検査が必要か?…かって昭和天皇が十二指腸がんになられた時に「わが家系はがん家系ではないのだが・・」とおしゃられたといいます。食生活の変化等によりかって日本人の多くが脳卒注で亡くなっていたのが現在はがんが一番の死因になりました。先祖にがんのいらっつしゃらない方ががんになるというのは全然めずらしいことではありません。
- 胃潰瘍でも内視鏡が必要?…胃潰瘍がひどい場合は大出血したり、穴が空いて腹膜炎を起こしたりします。内視鏡で潰瘍の程度を知ることで入院が必要かを判定できます。また、ピロリ菌(注)がいないか調べたり、がんでないことを確認するため細胞検査をしたりできます。
このような点から医師は「良性潰瘍の可能性が高いが、がんを否定することはできないので内視鏡を受けるメリットはある」と判断する訳です。
(注)ピロリ菌は虫歯の原因菌のように私たちの胃の中に持続的に感染します。これがいわゆる「胃炎」の原因の一つと考えられてます。ピロリ菌によって「慢性胃炎」が続くと粘膜が弱くなりやがて、胃潰瘍になったり、胃がんになったりすると考えられています。
井上さん(55歳)の場合
井上さんは今まで特に体の不調を感じたことはありませんでした。お酒のすきな井上さんはそろそろ健康が気になりだし、ためしにと市の検診を受けてみたところ、便潜血検査(便の中に血液が混ざってないかを調べることで大腸がんのスクリーニングをおこなう検査)が陽性となりました。あわてて井上さんは近所の医師をおとずれて便潜血検査を2回やり直しました。すると今度は2回とも陰性でした。実は井上さんは仕事がら、重いものを持つことが多く10年以上前から痔を患っていました。井上さんとしてみれば一回だけ陽性になったのはたまたま痔から出血のように思えます。大腸の検査は大変だと聞いたことがあるのであまり検査に乗り気でありません。井上さんは大腸の検査を受けたほうがよいのでしょうか?血液検査ではだめなのでしょうか?バリウム検査がよいのでしょうか内視鏡がよいのでしょうか?
井上さんが内視鏡が望ましい医学的根拠
- 3回のうち一回しか陽性でないが?…たとえ大腸がんがあったとしても持続的に出血することはまれで、時々しか出血しないことが多いのです。よって、2回陰性だからと大腸がんを否定することはできません。現在国の事業として行われている便潜血検査は「陽性なら(がんか痔かはわからないが)何か病気がある」ことを意味します。しかし逆に「陰性なら病気は無い」ことを保証するものではありません。
- 便潜血陽性は痔のせい?…この可能性はかなり高いです。しかし、痔はきわめてありふれた病気(日本人の3人に一人は痔持ちです)であるため、痔があるからといって便潜血検査を無視すると大腸がんの発見ができなくなってしまいますので一般的な医師は痔のある場合でも大腸の検査を勧めます。最近は肛門科では痔の手術を受ける方全員に、術前に大腸検査を勧めている位です。それほど「痔に隠れた大腸がん」は多いのです。
- 血液検査ではだめなのでしょうか?…胃の場合と同様、残念ながら早期発見に役に立つ腫瘍マーカー、血液検査はありません。
- 大腸の検査は大変?…これは理由は二つあります。大腸は胃と異なり下剤でお腹の中を空っぽにしなければなりません。ただし施設によっては下剤をおいしく飲みやすいものにしたりして、できる限りの工夫をしています。2番目の理由は検査にともなう苦痛です。これは検査をおこなう医師の技術によって大きく差があります。下剤を工夫し高い技術をもった思いやりのある専門医に出会えるかどうかが問題です
- バリウム検査がよいのでしょうか内視鏡がよいのでしょうか?…これは胃の場合よりも微妙な問題です。大腸は曲がりくねっているため、重なりが多く、胃よりもバリウム検査の死角が多いのです。しかし大腸の内視鏡は比較的歴史が浅く、経験豊富な医師はどこにでもいるわけではありません。経験の未熟な医師に当たると大変なことになります。アドバイスとしては、近所に大腸内視鏡の専門家がいたら内視鏡がよいでしょう。そうでなければとりあえずバリウム検査の方がよいと思います。
さて佐藤さんにしても井上さんにしても内視鏡検査の必要性は決して大きなものではありません。「内視鏡検査が絶対必要というわけではないが内視鏡が安全快適に受けられるのなら受けといた方がよい。」というところでしょうか。この記事を読まれているあなたもおそらく佐藤さん井上さんと似た状況なのではないかと思います。そのような方に内視鏡のメリットとともに問題点、危険性を解説し安全快適に内視鏡を受けるためのコツをお教えするのがこの記事の目的です
なお、今回とりあげるのは国民的に広くおこなわれている検査目的の胃と大腸の内視鏡です。他の部位(胆道など)の内視鏡や内視鏡治療はかなり特殊なので次の機会にしたいと思います


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