遺伝性大腸癌(HNPCC)に関する重要な知見(Nature Med 2011,Sep 24:17)
大腸癌の約3%が遺伝性でHNPCCと言われます。我々の数百人に一人がHNPCC保因者であり、HNPCCは「最も頻度の多い癌体質」です。(内視鏡・COM )
最近、米国では「全ての大腸癌の患者さんにHNPCCの遺伝子検査をすべきである。費用はかかるが、それ以上の利点が大きい」という報告があり、実際に実施している施設もいくつかあります(文献)。日本でも平成18年より遺伝性の強い大腸癌の方へのHNPCCの遺伝子検査が保険適応になり積極的に施行されています。(厚生省研究班の公式サイト)
また「アスピリン」は大腸癌予防効果が科学的に証明されている唯一つの薬ですが副作用を考えると全国民には服用させるべきではありません。最近、「HNPCCの患者には大腸癌予防のためにアスピリンを服用させるべきではないか」という報告も出ています(文献)
HNPCCを一言で言うと「遺伝子に自然発生する突然変異を修正するDNA修復能力が低いために、遺伝子にエラーが蓄積され癌になり易い」ということです
大腸粘膜は「便」という天然の発癌物質に常時、暴露されているために、大腸癌が最も出来やすいだけで、HNPCCの方は、その他の多くの癌の危険が高いことが解っています。
さて、臨床的にHNPCCの方の大腸癌は、通常の癌よりも予後が良いことが解っていました。今回、その理由が解明されました。
我々の細胞には「シャペロン」というタンパク質があります。数百タイプあり、細胞を様々なストレスから守っています。HNPCCの癌細胞は、この「シャペロン」にも変異が起きて機能不全を起こし抗癌剤や放射線などのストレスに耐えられず死に易いのです。
今回注目されているシャペロンHsp110 |
ちなみに、アルツファイマー病やALSなどの神経疾患の多くが「シャペロンの機能不全」により異常タンパクが蓄積する(=アミロイド)ために神経細胞が死んでしまうことであることが解っています。HNPCCの場合は、逆に「悪いシャペロンが良いことをしている」訳です
「毒をもって毒を制す」治療法が現在、注目されています。
遺伝性乳癌の原因はBRCAというのですが、これもHNPCCと似ていてDNA修復酵素です。PARP阻害剤というDNAに傷をつける「毒」を投与すると正常細胞は「何とか耐えられる」のですがBRCAの欠損した乳癌細胞は染色体がズタズタに傷だらけになって死んでしまうのです。
幸いに大腸は脳神経のように「正常細胞まで死んだら重大な副作用に至るクリテイカルな臓器」ではありません。「毒をもって毒を制す」治療法が最も臨床応用の可能性が高いと言えます。
シャペロンは特に「高温状態でのタンパク質の変性を修復する」際に重要です。この論文は「HNPCCの大腸癌でHsp110が変異していればハイパーサミア(癌の高温治療)が、極めて有望である」ことを予言しています(おそらく著者達も臨床試験を想定しているでしょう)
少々、乱暴なのですが・・・・発癌の研究の流れの変化は、次のように要約できます
癌遺伝子が発見された当初は「様々な発癌物質により遺伝子が変異するから癌ができる」という考えが重視された |
|
その後の研究で「発癌物質=ゼロ」の理想的状態でも、細胞分裂の際、予想以上に多くの変異(複製のエラー)が起こることが解り、エラーを修復する能力の強弱が、より重視されるようになった。 |
|
HNPCCが典型ですが、いくつかの癌がエラー修復能力低下から発生しているらしい。その様な癌のDNAは傷だらけで、実は「ギリギリ」の状態で生存しているようだ。毒を加えて「もう、ひと押し」することで癌だけを殺す治療が開発されるかもしれない |
|
「シャペロンを強化することで神経疾患を治療する」という戦略と「シャペロンを阻害することで癌細胞を殺す」という戦略の研究が現在の最先端のテーマになっている。 |
その他の最新情報