過形成ポリープの正体
始めに
大腸ポリープは大きく分けて二つに分類されます。腺腫と過形成ポリープです。大腸癌は腺腫から発生する、過形成ポリープは癌化しない無害なもので治療せずに放置でよいというのが過去の常識でした。

今日、過形成ポリープという用語は使われません。代わりに「鋸歯状ポリープ」という用語が使われます。

しかし、「危険な病変を放置した医学の誤り」を象徴する「過形成」という用語には歴史的な意義があると思いますので、ここでは敢えて過形成ポリープという用語を使います。

大腸内視鏡でポリープを切除しても予防できない大腸癌がある?

米国でポリープ切除で、どの位、大腸癌が予防できるか?を調べる臨床試験が行われました(National Polyp Study)。

この試験では原則として「全ての腺腫を切除し、過形成は放置」という方針でおこなわれました。この試験が始まった1980年代には、過形成が癌化するとは考えられなかったからです。

その結果は、「大腸癌の予防効果は8割もあった(文献)。しかし、大腸癌による死亡率減少効果は5割に止まった(文献)」というものでした。 (予後の良い癌は予防できたが、死亡につながる予後の悪い癌は十分に予防できなかった。と、解釈できます。)



見落とし癌を追って・・・・

次に、では「大腸癌の予防効果を100%にするにはどうすればいいか?」が課題になりました。

予防効果が100%にならなかった理由として

(1)内視鏡による危険な前癌病変の見落としがある。あるいは微小な腺腫を放置した。(de novo説、Rapid Growing説も、この範疇に入ります)

(2)内視鏡によるポリープ(腺腫)の切除が不完全だった(文献

(3)腺腫と関係ない癌(過形成由来の癌)がある

・・・・という3つの可能性が指摘されました文献

「見落とし癌」の遺伝子解析などの結果、見落とし癌は過形成ポリープ由来が多いことを示唆する報告が複数ありました。(文献1文献2文献3

最近の報告では「見落とし大腸癌の30%が過形成ポリープ由来」であるとされています(文献

では、そのような「見落とされやすい癌」の予後はどうなのでしょう・・・

大腸癌死亡の真犯人は

最近、Natureに決定的な論文が報告されました。大腸癌を遺伝子の発現プロフィール(最近、マスコミに良く出るDNAチップの応用です。詳しくは・・・・)で予後の良いタイプと予後の悪いタイプに分けました。すると、予後の悪いタイプは過形成ポリープ由来であった・・・・という報告です。

傍証となる報告が数年前から蓄積されていました。

2年前には「BRAF変異という遺伝子変異が予後不良の大腸癌の予測マーカーになる」と報告されました(文献).このBRAF変異というのは過形成ポリープに非常に特異的な特徴です。

1年前には過形成ポリープと形が似ている大腸癌(=鋸歯状癌)は非常に予後が悪いという報告がありました。(文献

しかし、これらの報告は「特殊なタイプの癌の話」と捉えられていました。

今回は「一般的な大腸癌全体で予後の悪いグループ(全体の4分の1)」の遺伝子を調べたら・・・・・全て、「大きな過形成ポリープ(SSAP)」由来らしい。という報告です。

つまり今まで医師が熱心に切除していた腺腫は「予後の良い癌」の元にしかすぎず、放置していた過形成ポリープ(の一部)が大腸癌死亡の真犯人だったらしい、という話です。

また、今まで「過形成ポリープは右側大腸(盲腸側)にある場合は危険、左側(直腸側)にあれば無害」というのが通説だったのですが、この論文では「左側(直腸側)も十分に危険」であることを示しました。



なぜ、予後が悪いのか?・・・驚くべき事実

その理由として「浸潤・転移」に関係する遺伝子(EMT、マトリックスプロテアーゼなど:参考)が「通常の腺腫型」では癌化してから後期に活性化されるのですが、このタイプの場合は初期の良性の段階、つまり過形成ポリープと診断される段階から活性化されるためと推測されています。

つまり通常の「腺腫型の癌」は「まず、癌化して、しばらくしてから転移・浸潤能を獲得」しますが、過形成の場合は逆で「まず転移・浸潤能を獲得して、後に癌化する」訳です。

過形成ポリープが、まるで癌のように浸潤する現象(pseudoinvasive” or “inverted” growth pattern)は以前から知られていましたが何故、起こるのかは謎でした。この謎が解明された訳です。

以前から日本では「腺腫成分を伴わない大腸癌は小さい段階で転移・浸潤傾向が強く予後が悪い」と言われていました(De novo 説)。おそらく、これは過形成ポリープ由来の大腸癌を見ていたのでしょう。

「良性なのに浸潤する」という部分は、この論文の最も衝撃的な部分であり、しばらく専門家の激しい議論が続くでしょう。

当面の影響として、この報告は「過形成ポリープは癌化するかもしれないが、稀であり早急な治療は不要である」という従来の認識を覆すだけの衝撃があります。

「過形成ポリープを診断したら、1日も早く切除すべきである」というのが今後のコンセサンスになりそうです。

 
上記論文より転載した説明図
上が「通常の腺腫の癌化」、下が「過形成ポリープの癌化」
赤が「浸潤・転移能を獲得した細胞集団」
 






全ての過形成ポリープを切除すべきか?


過形成ポリープをどこまで切除すべきか?危険な過形成ポリープを正確に診断できるか?

これは、今日の重要な課題です。過形成ポリープを「危険性の異なる3つのサブタイプ(微小過形成,SSAP,TSA)」に分けるのが一般的なのですが実際は境界は非常に曖昧です。

危険性を予測する上で最も重要なのは大きさです。以前は、10ミリ以上が「絶対に切除の必要な危険サイズ」とされていました(この頃はLarge HyperPlastic Polypという呼び名が使われました)。

しかし最新のガイドラインでは以下のようになっています。(文献

「直腸(S字結腸)以外の全ての部位で、サイズに関わらず全ての鋸歯状病変を治療すべきである。
例外は直腸(S字結腸)の微小過形成ポリープで5ミリ以上の病変のみが治療対象である」


「直腸の微小過形成ポリープ」は現時点では「危険性が低い」とされていますが・・・直腸癌との関係を疑っている専門家もいます。


次回はこの問題を取り上げます


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