自然免疫(2011年ノーベル医学賞)と大腸
今年のノーベル医学賞は「自然免疫」の研究に授与されました。
「自然免疫て何?」かを簡単に説明しますと
高等生物は遺伝子も大きく、細胞表面に「多数の分子を少しずつ」発現しています。これを免疫攻撃する場合(例えば癌の免疫療法) 各々の分子に対して特異的に反応する抗体を作らなければいけません(適応免疫)。これは我々の免疫システムでも「複雑な仕事」です。抗体を作るのに時間がかかるのです(ワクチンを注射しても抗体ができるのは数週間後です)
膨大な種類の病原体に「適応免疫」だけで対応していたら「特異的抗体ができるまでに」感染で死んでしまいます。
しかし、うまくできてまして・・・・
細菌などの原始的生物は遺伝子も少なく「単純」なので細胞表面に「同一の分子を何重にも」発現しています。「同じ分子が繰り返しあれば、それは病原体である」という原則から、我々の対内には「パターン認識分子」というのが何種類かセットとして最初から存在しています。これらは「パターン」を認識すれば(適応免疫に比較して精度はファジーです)、直ちに「敵だ!」という指令を出し免疫攻撃を開始します。
自然免疫システムは抗生物質のように「耐性」も無く、ワクチンのような副作用も無く新たな感染の治療薬として注目されています
逆の観点で・・・・・・「自然免疫」と深い関係があるのが大腸内の細菌への免疫です。今回の受賞は「腸内免疫システムの研究」への受賞と言い換えても大きな誤りではありません。
この自然免疫の主役はマクロファージという免疫細胞で腸内に大量に存在し監視をしており、敵を見つけるとTNFという物質を出して撃退します。
ところで、腸の上皮細胞が「何かの理由」で「同一の分子を何重にも」発現した場合、マクロファージから「敵」と見なされ攻撃を受けます。クローン病の原因はこのようなものなのではないか?と予想されています。TNFを抑える薬(=レミケードなど)がクローン病に有効なのもこれで説明できます。
また自然免疫が使うのはTNFだけではありません。補体やインターフェロンも関与しています。研究が進めば新たなクローン病に有効な治療が見つかる可能性が大いにあるでしょう
パラサイト・イヴとクローン病
この問題は分子生物学で最も難解(しかし興味深い)問題の一つです。専門用語を使わずに解り易く述べます。昔、パラサイト・イヴという小説がありました。我々の細胞内にあるミトコンドリアは外部から寄生した細菌由来であることが解っています。パラサイト・イヴは、このミトコンドリアが人類に「反乱」を起こすというホラー小説です。
昭和時代、医学生だった私は「細菌は細胞外で増殖するもの。ウイルスのように細胞内で増殖する細菌は特殊な例外」と学びました。しかし、今日、多くの病原性細菌が細胞内で増殖するというのが常識です。典型は大腸菌で細胞外でしか増殖できないタイプは無害なのですが細胞内で増殖するタイプは病原性を持ちます。現在最も悪名高い食中毒菌です。
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細胞内のサルモネラ菌(Newton Press 「The Cell 」より引用) |
上記の「パターン認識分子」は細胞外だけでなく細胞内にもあります。ウイルスや病原性大腸菌など細胞内に侵入した微生物に対する「自然免疫」です。と言うよりも、そもそも抗体は細胞内に入れませんから細胞内の免疫は「自然免疫が主役」と言った方が正確です。
この分子はNODと言います。このNODの変化がクローン病の重要な原因であることが解っています。最新の分子生物学の教科書は「おそらくクローン病は細胞内・微生物による感染症であろう」と明言しています。でも人から人へ感染する伝染病ではありません。クローン病が結核の仲間の感染症ではないか?という説は30年以上前からありましたが、膨大な研究で「クローン病が伝染病である可能性」は否定されています。
そもそも感染症なら抗TNF抗体などの免疫抑制剤でクローン病は悪化するはずです。しかし、実際の臨床のデータはその逆です。
実は、我々の細胞はミトコンドリアだけでなく「外部から寄生した微生物」に占拠されていることが解っています。我々の遺伝子の実に半分が外部から侵入したウイルス由来です(専門的には非レトロ型トランスポゾンと言います。)。このゲノム内ウイルスは「RNA編集」という方法で活動が抑えられています。しかし、稀に活動し病気の原因になります(例えばAlu因子というトランスポゾンは血友病の原因になります)
我々の細胞内の「パラサイト・イヴ」はどのようなメカニズムで抑制されているのか?NODは細胞内に侵入した有害な病原体と、生まれた時から我々の細胞内にいる「共生・微生物(パラサイト・イヴ)」をどのようにして区別しているのか?これは現代分子生物学の最大の謎の一つです。
クローン病というのは、本来は静かにしている「パラサイト・イヴ」にNODが過剰攻撃を開始したような病態。何らかの「パラサイト・イヴ」に対する自己免疫疾患のようなものなのかもしれません・・・・・。
「パターン認識分子」は細菌の細胞壁成分や核酸を「見慣れないパターンだ。どうも病原体のようだ」と「ファジー」に認識します。即効性はあるが精度が低く「味方を誤射する危険」も高い訳です。
今回のノーベル賞はクローン病の解明、そして「根治」への重要な一歩になるはずです。
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