大腸の幹細胞による再生医療の時代は来るか?
新聞で大きく報道されたので多くの方が御存じと思いますが、東京医科歯科大学・渡辺守博士達のグループが大腸の幹細胞を培養し増殖させた後にマウスの大腸潰瘍に「移植」して潰瘍を修復させることに成功しました(Nature Medicine 2012.3.12)
これは炎症性腸疾患(クローン病・潰瘍性大腸炎)の新しい治療に繋がる画期的な研究です。
ところで「幹細胞による再生医療」という用語は「4つの意味」で使われます。混乱している方が多いと思いますので整理しますと・・・・
- ES細胞という受精卵から作った幹細胞による再生医療
- 山中博士の開発したiPS細胞という成体の一部から作った幹細胞による再生医療
- 骨髄の中にある様々な臓器に分化する能力を持った幹細胞による再生医療
- 「成体幹細胞」という我々の体の中にある「組織の恒常性維持のために準備されている臓器特異的な幹細胞」による再生医療
1は最も効率的なのですが受精卵を利用する必要があり動物実験でのみ許可されており人間では禁止されています。
2は2011年に米国のグループが小腸への分化誘導に成功しています(参考)。
3は一時「夢の再生医療」として注目され脳梗塞・心筋梗塞の治療などに臨床試験が実施されました。胃・腸の潰瘍の修復でも「骨髄由来幹細胞」が働いてることが解っています。しかし、治療として使う場合、当初期待されたほど効率は高くないようで最近は、やや下火です。
4は理論的に最も安全(生理的、自然な分化)なのですが・・・・成体幹細胞を取り出し増やすのが技術的に難しいというのが問題でした。今回、東京医科歯科大学グループは、この問題の解決に成功した訳です。
他の分野もそうなのですが・・・「2の方法と4の方法の激しい競争」というのが幹細胞・再生医療の実情です。
ここで内視鏡が重要な意味を持ちます。
脳や心臓、肝臓、膵臓の「成体幹細胞」を入手するためには外科手術が必要です。この点iPS細胞は皮膚などから作製できて外科手術は不要です。ここに「2」の方法の優位性があります。
しかし腸の場合は内視鏡で簡単に「成体幹細胞」を入手できます。
ポリープを切除する手技である「粘膜切除術」を応用すればいいのです。
更に培養・増殖させた細胞の「移植」も内視鏡が主役になるでしょう
我々内視鏡医にも「大変興奮する研究」です。
CGは東京医科歯科大学HPより転載させていただきました。
あるいは次のように説明すれば、今回の研究の意義が解り易いでしょう
「成体幹細胞を用いた再生医療」が随分昔から実用化されて成功している領域があります。それは重症熱傷に自己の皮膚を培養(これが成体幹細胞の利用です)して自家移植するという医療技術です。
腸の粘膜は構造が皮膚と同じであり内視鏡を使うことで皮膚と同様に容易にアプローチができます。
重症熱傷で確立されていた皮膚科の技術と同じ方法が、今回、世界で初めて大腸粘膜で成功した・・・・・というのが今回の報告です。
以下、少々脱線
以前の記事で「再生医療の研究と大腸癌の研究は深い関係がある」と書きました。
今回の研究は、当にその集大成と言えるでしょう。
この研究の基礎になった研究は「大腸の幹細胞の分離」です。これはLgr5というマーカーが使われました。このマーカーが見つかったのはWntという腸粘膜の分化誘導因子の研究からです。そして、このWntこそAPCという「大腸癌発生のカギとなる分子」の研究から見つかりました。再生医療の研究と癌の研究は車の両輪の関係で発展してきたのです。
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